《台州疑問二十七条》(読み)だいしゅうぎもんにじゅうしちじょう

世界大百科事典(旧版)内の《台州疑問二十七条》の言及

【寂照(寂昭)】より

…988年(永延2)ころから五台山(清涼山)巡礼のため入宋をたびたび朝廷に願い,寂心の没後,1003年(長保5∥宋の咸平6)8月肥前を発し,9月明州に到着。このとき源信が《台州疑問二十七条》を寂照に託し,四明知礼に解答を求めたのは有名である。04年(宋の景徳1)宋帝真宗に謁し,円通大師の号と紫袍を賜り,丁謂(丁晋公)らの知遇を得て帰国を断念し,姑蘇の呉門寺にとどまった。…

※「《台州疑問二十七条》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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