台湾神社(読み)たいわんじんじゃ

世界大百科事典(旧版)内の台湾神社の言及

【台湾神宮】より

…日清戦争後,台湾征討軍の指揮に当たった陸軍中将北白川宮能久親王は,1895年,台南市で病没した。1900年,台北に台湾の鎮護のために,親王と札幌神社(のち北海道神宮)と同じ開拓三神とをまつる官幣大社台湾神社を創建することが決まり,翌年10月に社殿が完成して鎮座祭が行われた。以後,10月28日の例祭,6月17日の始政記念祭が行われたが,44年,祭神に天照大神を加えることになり,台湾神宮と改称された。…

※「台湾神社」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む