吉士氏(読み)きしうじ

世界大百科事典(旧版)内の吉士氏の言及

【遣新羅使】より

…新羅はみずからの調とともに任那の調を進める朝貢形式の儀礼をとったが,その起源が5世紀以来加羅諸国に日本が関与したことによるか,6世紀後半の新羅の国際環境にもとづく対外政策から出たかは速断できない。日本は新羅系渡来人の出の吉士(きし)氏を多く使節として交渉にあたらせたり,征討軍を準備して威圧するなど強硬策をとった。(2)第2期(646‐700) 646年(大化2)孝徳朝の政権はそれまでの対新羅外交を変更し,任那の調も廃した。…

※「吉士氏」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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