名古曾滝(読み)なこそのたき

世界大百科事典(旧版)内の名古曾滝の言及

【大覚寺】より

…もと嵯峨天皇の離宮だった嵯峨院を,876年(貞観18)淳和天皇の皇后正子が寺に改め,所生の恒寂法親王を開山にして大覚寺と号したのが起りである。寺の東には嵯峨院時代の庭池である大沢池,西と南には有栖(ありす)川が流れ,池の北側にあった〈名古曾滝(なこそのたき)〉は有名で,平安時代から歌の名所としてもてはやされた。鎌倉時代後期には,後嵯峨・亀山の2帝が譲位したあと落飾して当寺に入り,ついで1308年(延慶1)後宇多法皇も入寺して当寺で院政を開始するに及び,嵯峨御所と呼ばれ,またこの時代に伽藍も整備された。…

※「名古曾滝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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