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名庭絃阿弥 なにわげんあみ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

名庭絃阿弥
なにわげんあみ

「豊沢広助 (6世)」のページをご覧ください。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

名庭絃阿弥 なにわ-げんあみ

豊沢広助(とよざわ-ひろすけ)(6代)

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

名庭絃阿弥

没年:大正13.3.19(1924)
生年:天保13.1.1(1842.2.10)
明治大正期の文楽三味線の名手。本名岩崎治助。通称松屋町の師匠。大坂の町家の長男に生まれたが,13歳で2代目豊沢猿糸(5代目広助)に入門,猿二郎,竜助,仙糸,助八,3代目広作を経て明治38(1905)年に6代目広助を襲名,大正12(1923)年に近衛家より名庭絃阿弥の称を受けた。情を弾くことが抜群にうまく,時代物向きの重味のある芸で太夫に語らせることにすぐれ,6代目野沢吉兵衛,3代目鶴沢清六三幅対と称せられた。師の没後は2代目竹本越路太夫(摂津大掾)の相三味線となる。彦六座の閉鎖時の保証人としての請判から自宅を売り三味線屋を営んだという。<参考文献>『義太夫年表/明治篇,大正篇』

(山田庄一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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