世界大百科事典(旧版)内の名越時有の言及
【放生津】より
…鎌倉時代には守護所が置かれたが,いつからかは不明である。守護名越氏が放生津に在地した徴証は鎌倉末期であり,《太平記》には1333年(元弘3)六波羅の敗報で在地勢が離反したため,守護名越時有の兄弟妻子が放生津で敗死した悲話を伝えている。建武政権の崩壊後,放生津はしばしば南朝方の拠点となった。…
※「名越時有」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
東日本大震災を受け2011年6月に成立した津波対策推進法で、故事「稲むらの火」にちなみ、11月5日と定めた。江戸時代の1854年11月5日(旧暦)、安政南海地震で大津波が発生。現在の和歌山県広川町で...