向秀(読み)しょうしゅう

世界大百科事典(旧版)内の向秀の言及

【七賢人】より

…ローマ帝国時代には,個々の賢人や七賢人全員の肖像をモザイクや壁画に描くことが流行した。【藤縄 謙三】(2)中国,三国の末期,放達の行為で知られた7人の自由人,すなわち阮籍(げんせき),嵆康(けいこう),山濤(さんとう),王戎(おうじゆう),向秀(しようしゆう),阮咸(げんかん),劉伶(りゆうれい)。一般に〈竹林の七賢〉とよばれるのは,嵆康の郷里の山陽(江蘇省淮安県)の竹林にあつまって酒をくみかわし,談論にふけったからである。…

※「向秀」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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