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周濂渓

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美術人名辞典の解説

周濂渓

宋代の儒者。字は茂叔、名は惇実、のちに英宗の名を避けて惇頤に改名、濂渓は号、謚は元公。学問を鄭瑕や鶴林寺の僧寿涯に学ぶ。諸官を歴任して南京の分司となる。『太極図説』等の著がある。頤寧6年(1073)歿、57才。

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百科事典マイペディアの解説

周濂渓【しゅうれんけい】

周敦頤(とんい)

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

周濂渓
しゅうれんけい

周敦頤」のページをご覧ください。

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世界大百科事典内の周濂渓の言及

【周敦頤】より

…中国,北宋時代の哲学者。湖南省の人。字は茂叔。その号濂渓(れんけい)は,彼が廬山蓮花峰(れんげほう)のふもとにかまえた濂渓書堂にちなむ。官僚としての経歴には目立ったところはないが,朱熹(しゆき)の顕彰により,道学(朱子学)の第一走者として崇敬され,《宋史》道学伝の筆頭に伝記を立てられた。著書に《通書》と《太極図説》がある。前者で説かれる〈人は学ぶことによって聖人になりうる〉という主張は,のちの朱子学と陽明学のバックボーンとなった。…

【哲学】より

…〈フィロソフィー〉は,ギリシア語の〈フィロソフィアphilosophia〉に由来し,〈知恵(ソフィアsophia)を愛する(フィレインphilein)〉という意味の言葉である。そこで西周は,周濂渓(れんけい)の〈士希賢(士は賢をこいねがう)〉(《通書》志学)にならい,賢哲の明智を愛し希求するとの意で,はじめ〈希哲学〉(哲智すなわち明らかな智を希求する学)と訳し,のちに〈哲学〉と定めた(《百一新論》1874)。西周は,草創期の明治政府の知的指導者の有力な一人であったから,この〈哲学〉という訳語はやがて文部省の採用するところとなり,以来日本で一般に用いられることになった。…

※「周濂渓」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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