改訂新版 世界大百科事典 「咸宜帝」の意味・わかりやすい解説
咸宜帝 (かんぎてい)
→ハムギ
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
→ハムギ
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…グエン(阮)朝ベトナム第8代皇帝。在位1884‐85年。第4代トゥドゥック(嗣徳)帝のおい。幼名はフォックミン(福明)。トゥドゥック帝の死(1883)後,ズクドゥック(育徳)帝,ヒエップホア(協和)帝,キエンフォック(建福)帝が次々と権臣に擁立されては廃されたが,1884年グエン・バン・トゥオン(阮文祥),トン・タット・トゥエット(尊室説)がフォックミンを即位させ,翌年を咸宜元年とした。しかし84年の第2次フエ条約によりベトナム全土は三分され,南部はフランスの直轄地,北部は保護領になり,中部のみが保護国としてようやく支配しうるのみであった。…
※「咸宜帝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
「アサーション」(assertion)とは、より良い人間関係を構築するためのコミュニケーションスキルの一つで、「人は誰でも自分の意見や要求を表明する権利がある」との立場に基づく適切な自己主張のことです...