《哀江南の賦》(読み)すいこうなんのふ

世界大百科事典(旧版)内の《哀江南の賦》の言及

【中国文学】より

…題材はますます広くなり,陸機の〈文の賦〉のごとく文学の理論をこの形式で説いたものがあり,陶潜(淵明)でさえ,彼にはめずらしく美女を描く〈閑情の賦〉を作ったほどである。庾信(ゆしん)の〈哀江南の賦〉は多量の典故を用いて,南朝の滅亡をうたった壮大な叙事詩というべき大作であった。
[楽府]
 楽府(がふ)は漢代の宮廷に設けられた役所の名から,その楽人が演奏した曲の歌詞の総称となった。…

※「《哀江南の賦》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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