《哲学にとっての新しい原理の必然性と可能性について》(読み)てつがくにとってのあたらしいげんりのひつぜんせいとかのうせいについて

世界大百科事典(旧版)内の《哲学にとっての新しい原理の必然性と可能性について》の言及

【キレエフスキー兄弟】より

…しかし,その後思索を深め,《ホミャコーフに答えて》(1838)によりスラブ派の思想家として再登場,45年《モスクワ人》誌の編集に従事(1~3号)したが,再度政府の忌諱(きい)に触れ,引退した。彼の数少ない論文のうち,《哲学にとっての新しい原理の必然性と可能性について》(1856)は,スラブ派哲学の精髄を示す。この中で彼は西欧の社会対立と諸個人の内面的分裂との原因を合理主義の精神に求め,理性と信仰との真の結合による社会的・人格的調和(〈全一性〉)の回復を模索,正教を基盤としたロシア思想の世界史的意義を説き,ドストエフスキーやソロビヨフら後世の思想家に影響を与えた。…

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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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