世界大百科事典(旧版)内の唐之の言及
【斉】より
…高帝と武帝の2代は開国の功臣や貴族の支持によって比較的安泰であったが,北魏との交戦によって疲弊し,また社会的には社会の底辺の寒人層の台頭が目だった。485年(永明3)に浙江地帯に起こった唐之(とううし)の乱は,戸籍の書きかえによって士人身分の獲得をめざした庶民の反乱である。明帝は諸王をつぎつぎに殺害する恐怖政治をしいて王室の結束を弱めたが,悪童天子として世に聞こえる東昏侯の時代には地方州鎮の挙兵があいつぎ,結局23年の短命をもって蕭衍(しようえん)(梁の武帝)に王朝を奪われた。…
※「唐之」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」