唐洞59号墳(読み)とうどうごじゅうきゅうごうふん

世界大百科事典(旧版)内の唐洞59号墳の言及

【加羅】より

…4世紀後半の加羅諸国は,朝鮮諸国と本格的な交渉をもつようになった。 この時期になると,加羅諸国の王の権威が向上し,その古墳も飛躍的に大きくなり,大邱市の唐洞59号墳のように,南北約25m,東西約30m,高さ3.5mの大型古墳があらわれた。その副葬品には金銅製冠飾・冠帽・耳飾,銀製帯金具,大刀,馬具,土器などがあるが,とくに鎌,斧など農器具があり,王の性格を示すものとして注目される。…

※「唐洞59号墳」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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