世界大百科事典(旧版)内の営盤田制の言及
【台湾[省]】より
…それは,61年(順治18)滅亡した明朝の回復をはかろうとした鄭成功が2万5000の兵をひきいて台湾に上陸,翌年,ゼーランジア城を攻めてオランダ人を追放し,南台湾を中心に〈反清復明〉の基地経営を試みたからだった。 鄭成功は対岸の福建省から移民を誘致するとともに,営盤田制をしいて開拓の進展を図った。営盤田制とは,農民を平時には農業に従事させ,有事には兵として参戦させる制度である。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」