四大鎮(読み)しだいちん

世界大百科事典(旧版)内の四大鎮の言及

【朱仙鎮】より

…1140年(紹興10)金と戦った岳飛が,旧都開封を指呼に望むここから軍を返したことで有名だが,実際は岳飛ははるか南の偃城(えんじよう)から撤退している。元代賈魯河(かろが)の水運の利用とともに商業集落として著しく発達し,清代中期には,漢口,仏山,景徳と並ぶ中国四大鎮の一つとなった。現在その面影はない。…

※「四大鎮」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む