世界大百科事典(旧版)内の四月憲法の言及
【ポーランド】より
…(3)1935‐39年 権威主義体制が公然となったが,同時にそのほころびも露呈されるに至った。35年の4月いわゆる四月憲法はピウスーツキ体制を成文化したものであったが,翌5月,肝心のピウスーツキの死去によって大きな空白が生じた。スワベクら後継者はもはやその空白を埋めることができなかった。…
※「四月憲法」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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