《固き結合》(読み)かたきけつごう

世界大百科事典(旧版)内の《固き結合》の言及

【アフガーニー】より

…79年インドに追放されたが,イギリスのエジプト占領後,移動の自由を得,ヨーロッパで活動,ロシアを含む諸国を遍歴した。この間,84年パリでムハンマド・アブドゥフとともにアラビア語政治評論誌《固き結合al‐‘Urwa al‐wuthqā》を18号まで刊行,同誌は以後アフリカからインドネシアに至るムスリム世界各地にひそかに運び込まれ,強烈な帝国主義批判と抵抗闘争におけるムスリム連帯の訴えとによって甚大な影響を及ぼした。J.E.ルナンとのイスラムの合理主義的立場に関する論争やスーダン問題についてのイギリス政界との折衝によって,ヨーロッパの政治家・知識人の間でも注目された。…

※「《固き結合》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む