国人領主制(読み)こくじんりょうしゅせい

世界大百科事典(旧版)内の国人領主制の言及

【守護領国制】より

…ところがその後の研究史は,守護の荘園領主に近似する性格を指摘し,それに対して国人領主の荘園に対する独自の支配権確立への志向を強調し,守護領国内における支配権力の二重構造的性格を提示した。このことは,室町時代の基本的領主制として,荘園・国衙領制といわば共存関係にある〈守護領国制〉よりも,そのもとで独自の支配志向をもった国人領主制を位置づけ,それから戦国大名領国制への発展コースを想定した意味をもつ。このような見解は,将軍の直属軍事力や経済的基礎など幕府権力の独自性に関する研究や,幕府権力を構成する2要素として守護大名と地頭御家人をあげ,守護領国内にも幕府直属の国人領主が存在し,その領主制の基本的部分については守護不入権を得ていた事実の指摘などと相まって,〈守護領国制〉概念を薄める結果を招来し,〈室町幕府・守護体制〉と称する傾向を促進した。…

【室町時代】より

…事実,南北朝期は守護職が頻繁に更迭され,内乱を反映して守護の分国掌握は進行しなかったが,15世紀に入ると,おおむね守護職は各大名家で世襲され,在地の有力土豪(国人(こくじん))も家臣団(被官(ひかん))に編成され,守護代,郡代(ぐんだい)による強力な統制下に,地方分権化が展開するようになる。しかし西国や畿内ではなお荘園制が根強く残存し,守護の統治も荘園制の枠内においてしか実現されないとする立場からは,封建制を推進する担い手は守護でなく国人であるとして,〈国人領主制〉という概念が新たに呈示され,かなり有力な説となっている。1368年(正平23∥応安1)執事細川頼之が公布した半済(はんぜい)令は,有力寺社公家など,一部荘園領主を温存するとともに,中小荘園領主を切り捨て,守護の直轄領としたので,畿内近国では荘園制が一部再編強化される一方,遠隔地,辺境では守護の大名領国化が進展し,応仁の乱後は守護,守護代層が自立して戦国大名が出現した。…

※「国人領主制」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

潮力発電

潮の干満の差の大きい所で、満潮時に蓄えた海水を干潮時に放流し、水力発電と同じ原理でタービンを回す発電方式。潮汐ちょうせき発電。...

潮力発電の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android