世界大百科事典(旧版)内の国司上人の言及
【周防国】より
…いっぽう1186年(文治2)3月周防国は東大寺造営料国とされ,大勧進重源(ちようげん)に国務管理がゆだねられた。以後歴代の大勧進は名国司(みようこくし)と別に国司の任務をつとめ,国司上人と称せられた。重源は同年4月には工匠等を率いて周防に入り,佐波川上流域の杣山に入って用材の伐採・運搬等を監督し,造営の促進につとめた。…
※「国司上人」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
…いっぽう1186年(文治2)3月周防国は東大寺造営料国とされ,大勧進重源(ちようげん)に国務管理がゆだねられた。以後歴代の大勧進は名国司(みようこくし)と別に国司の任務をつとめ,国司上人と称せられた。重源は同年4月には工匠等を率いて周防に入り,佐波川上流域の杣山に入って用材の伐採・運搬等を監督し,造営の促進につとめた。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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