《国朝会要》(読み)こくちょうかいよう

世界大百科事典(旧版)内の《国朝会要》の言及

【会要】より

…宋に入って中央集権体制が飛躍的に整備され,制度がいちじるしく複雑,多様化すると,会要の編纂は国家自身の手で行われるようになり,とくに12世紀以降は,実録院や日暦所とならんで会要所という常設の編纂機関が設けられた。宋代の会要は1077年(熙寧10)の21類855門300巻の《六朝国朝会要》をはじめとして南宋嘉定年間(1208‐24)の《国朝会要》に至るまで10種以上が勅撰として編纂された。それらは板木に彫られることなく後に散逸したが,明代の《永楽大典》中にかなり多く採録されていた。…

※「《国朝会要》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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