《国歌八論余言拾遺》(読み)こっかはちろんよげんしゅうい

世界大百科事典(旧版)内の《国歌八論余言拾遺》の言及

【賀茂真淵】より

…真淵は江戸に到着して間もなく百人一首評会を催し,翌38年8月より万葉会,40年(元文5)に《源氏物語》の講義をはじめる。42年9月田安宗武の求めにより,《古今集左注論》を草し,11月に《国歌八論余言拾遺》を書いた。46年より田安家に和学御用として出仕,古代に関心のふかい宗武に仕えたことから,真淵の古代学は急速に成長した。…

※「《国歌八論余言拾遺》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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