《国民同和への道》(読み)こくみんどうわへのみち

世界大百科事典(旧版)内の《国民同和への道》の言及

【同和教育】より

…37年の日中戦争の開始で水平運動がたたかいの荆冠旗(けいかんき)を下ろすと,融和教育は侵略戦争とファシズムのための〈同和教育〉に変質した。41年に中央融和事業協会が同和奉公会に改組されると,翌年,文部省は《国民同和への道》を刊行し,〈満蒙開拓義勇軍〉や枯渇した労働力補給等に部落民を〈同和奉公〉させる教育政策を提示した。この忌まわしい歴史のゆえに,〈同和教育〉は戦後の一時期〈責善教育〉〈民主教育〉等に改称された県もあり,60年代以降は一般に〈部落解放の教育〉と呼ばれた。…

※「《国民同和への道》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む