国際同胞団(読み)こくさいどうほうだん

世界大百科事典(旧版)内の国際同胞団の言及

【バクーニン】より

…のち減刑されてイルクーツクに住むうち逃走を計画,日本,アメリカを経てロンドンに渡った。 同地でゲルツェンの革命雑誌《コロコル》に協力するが,戦術をめぐって対立,イタリアへ移って国際同胞団Internatsional’noe bratstvoを結成,67年平和自由連盟大会に出席し,その綱領とすべく《連合主義,社会主義,反神学主義》を書いた。翌年スイスに転じ,《人民の事業Narodnoe delo》誌を刊行,また国際社会民主同盟を結成,のち解散の形をとって第一インターナショナルへの加入を果たしたが,バーゼル大会でマルクス派との対立が明らかとなった。…

※「国際同胞団」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む