《報恩抄》(読み)ほうおんしょう

世界大百科事典(旧版)内の《報恩抄》の言及

【日蓮】より

…この警告と《立正安国論》提示,および1271年逮捕当時の頼綱への警告の三つを〈三度の諫暁〉と呼んでいるが,これもまた採択されず,挫折感を抱いた日蓮は流浪の旅に出て,甲斐国身延に一時期のつもりで滞在したが,同年蒙古が襲来したこと,しだいに門弟の往還が盛んになったこと,弟子育成のことなどもあり,結局82年(弘安5)示寂の年まで身延に在住した。この間,日蓮は《撰時抄》《報恩抄》を書くとともに遠近の信奉者に書状による信仰の教導を行った。ひらがな交りの書状は,受け取る者の識字能力に対応して書かれているばかりでなく,ときに弟子による解説敷衍を伴った。…

※「《報恩抄》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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