墨股渡(読み)すのまたのわたし

世界大百科事典(旧版)内の墨股渡の言及

【墨俣[町]】より

…【上田 雅子】
[歴史]
 1586年(天正14)まで墨股(俣)で木曾川本流(現,境川)が長良川に合流していたため,古くは洲股,洲俣とも書いた。古代には東海道と東山道を結ぶ美濃路が通じており,墨股渡があった。835年(承和2)に太政官符により渡船が4艘に増加されるとともに川の両岸に布施屋が設置された。…

※「墨股渡」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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