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壬生匡遠 みぶ ただとお

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

壬生匡遠 みぶ-ただとお

小槻匡遠(おづきの-ただとお)

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

壬生匡遠

没年:貞治5/正平21.5.4(1366.6.12)
生年:生年不詳
南北朝時代の官人,壬生官務家当主。父は左大史千宣。主殿頭,記録所勾当,修理東大寺大仏長官,左大史となり,建武3/延元1(1336)年大宮官務家の冬直のあと,北朝にあって官務となった。太政官実務の先例・典礼に精通していたので,周囲から重きをおかれた。壬生家にあっても同族大宮家をおさえ発展し,同家中興の基礎を築いた。左大史の位は相当の六位を越えて,平安時代末には五位になったが,匡遠は初めて従四位下,のちに正四位上に叙せられ,家格を高めた。日記が残存するが断簡である。

(飯倉晴武)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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