壬申誓記石(読み)じんしんせいきせき

世界大百科事典(旧版)内の壬申誓記石の言及

【新羅】より

… 国内で漢字を使用するのは高句麗や百済よりかなり遅れ,6世紀とみられる。真興王代に新羅の辺境に建てられた4個の巡狩碑(真興王拓境碑)には,漢字を音借した人名や地名がみられ,1934年に慶州の北郊で発見された壬申誓記石とよばれる独特の朝鮮漢文から,儒教教育の実情と独自の文体を知ることができる。545年には新羅で初めて国史が編纂され,漢学が新羅に定着したことを伝えている。…

※「壬申誓記石」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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