壺切の剣(読み)つぼきりのけん

世界大百科事典(旧版)内の壺切の剣の言及

【皇太子】より

…それによると,紫宸殿の前庭において,親王以下百官が参列し,宣命大夫が立太子の宣命を読み上げるもので,この儀は近代に至るまで踏襲されている。また,醍醐天皇が皇子保明親王の立太子に際して,〈壺切の剣〉を賜ったことにはじまり,歴代皇太子を立てるにあたり,護身の剣として授けられるのが例となった。立太子の儀は,後小松天皇(在位1392‐1412)から後西天皇(在位1654‐63)まで300年の間中絶し,霊元天皇の1683年(天和3)に再興した。…

【立太子】より

…この宣命の儀は立太子の儀の中心として長く踏襲された。904年(延喜4)醍醐天皇の皇子保明親王の立太子のときから〈壺切の剣〉を授けるのが例となった。立太子の儀は後小松天皇から後西天皇に至る300年間中絶したが,霊元天皇1683年(天和3)の再興のときから,立太子の儀に先立ち儲君治定(ちよくんじじよう)の行われるのが例となった。…

※「壺切の剣」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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