多武峯社(読み)とうのみねしゃ

世界大百科事典(旧版)内の多武峯社の言及

【談山神社】より

…藤原鎌足をまつる。大織冠(たいしよくかん)社,多武峯社ともいった。669年(天智8)没した鎌足は摂津国阿(安)威山(現,大阪府茨木市)に葬られたが,入唐中の長男定慧(恵)が帰朝後,弟の不比等と相談して多武峰に改葬,十三重塔を建てた。…

※「多武峯社」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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