多武峰上人(読み)とうのみねしょうにん

世界大百科事典(旧版)内の多武峰上人の言及

【藤原高光】より

…母は醍醐天皇皇女雅子。955年(天暦9)11月叙爵,960年(天徳4)右近衛少将,翌年従五位上に叙せられたが,961年(応和1)12月比叡山横川で突然出家,翌年8月多武峰(とうのみね)にこもり増賀上人について修行に専念,極楽房と称し多武峰上人と讃えられた。《拾遺和歌集》以下の勅撰集に23首入集。…

※「多武峰上人」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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