《大周刑統》(読み)だいしゅうけいとく

世界大百科事典(旧版)内の《大周刑統》の言及

【世宗】より

…北に転じて契丹(きつたん)から燕雲十六州の失地回復に着手,瓦橋関以南の3州を奪還し,さらに北進して幽州に迫りながら病没,統一事業は半ばにして未完に終わった。内政面でも,廃仏を断行して大量の仏像を貨幣に改鋳し,《大周刑統》を制定し,均税を行って農業生産の回復を図るなど,による統一の基礎は世宗によってほぼ作り上げられた。五代第一の名君と称せられる。…

※「《大周刑統》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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