大夫房覚明(読み)たゆうぼうかくみょう

世界大百科事典(旧版)内の大夫房覚明の言及

【覚明】より

…以仁王挙兵の際に興福寺の返牒を代作し,〈清盛入道は平氏の糟糠,武家の塵芥〉と批判したため,清盛の怒りを買い,南都から亡命したという。《延慶本》等では,漆を身に浴び,癩病人に変装して東国に落ちのび,源行家に付いたと伝えるが,義仲に従ってからは,大夫房覚明と号して文書を起草したり参謀を務めたとされる。義仲敗亡後は箱根山神宮寺にいたが,頼朝の知るところとなり,1195年(建久6)山内に禁足されたと《吾妻鏡》に伝える。…

※「大夫房覚明」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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