大導寺政繁(読み)だいどうじまさしげ

世界大百科事典(旧版)内の大導寺政繁の言及

【松井田[町]】より

…宿駅としても栄え,戦国時代から近世初頭に六斎市(3・8の日)が催されたという。戦国時代初期には安中氏の勢力下にあったが,武田氏の滅亡とともに安中氏が没落すると,後北条氏の重臣大導寺政繁が松井田城に入って豊臣秀吉の侵攻に備えた。九十九(つくも)川の南の断崖上に築かれた松井田城は小屋城ともいい,安中氏の築城後,武田氏,後北条氏が大改修を加えた。…

※「大導寺政繁」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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