大曾禰時長(読み)おおそねときなが

世界大百科事典(旧版)内の大曾禰時長の言及

【大曾禰氏】より

…鎌倉期の武士団。源頼朝の側近安達盛長の次男時長を始祖とする。《吾妻鏡》では,時長の子長泰から大曾禰氏の名称で表記。名字の地は後院領出羽国大曾禰荘といわれる。大曾禰荘内に位置する山形市柏倉の明源寺には,安達盛長の創建という毘沙門堂が現存し,また毘沙門山真妙寺も代々安達一門僧が住持であったという。おそらく頼朝が当初任命した大曾禰荘地頭は盛長であり,時長はその譲渡をうけてから大曾禰氏を名のったのであろう。…

※「大曾禰時長」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む