世界大百科事典(旧版)内の大田原資清の言及
【大田原[市]】より
…【桜井 明久】
[大田原城下]
下野国那須郡の城下町で,奥州道中の宿場。1545年(天文14)大田原資清が蛇尾(さび)川右岸の丘陵上に築城,那須氏に従い,その重臣〈那須七騎〉の一つとして勢力を振るった。その城下集落が,近世の城下町に発展していった。…
※「大田原資清」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...