大船越地峡(読み)おおふなごしちきょう

世界大百科事典(旧版)内の大船越地峡の言及

【浅茅湾】より

…《万葉集》に詠まれた東岸の浅茅(あさじ)山(大山岳,188m)や古代朝鮮式山城の南岸の城山(276m)が格好の展望所である。東側の対馬海峡を隔てる大船越地峡は,1672年(寛文12)に宗氏が開削し,また久須保(くすぼ)(万関)地峡は日本海軍が艦船の通航のため,1900年に運河を掘った。後者の万関瀬戸は日露戦争で,竹敷要港部の水雷艇隊が対馬海峡に出撃する際に利用された。…

※「大船越地峡」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む