大西国(読み)だいせいこく

世界大百科事典(旧版)内の大西国の言及

【張献忠】より

…王嘉胤が戦死したのちは高迎祥(?‐1636)の部下となり,一軍の首領として活躍した。高迎祥が殺されてからは李自成とたもとを分かち長江(揚子江)流域を転戦,一時谷城(湖北省)で明軍に下ったが再起し,四川に入って成都を根拠地として帝位につき,大西国を建て,大順と建元した。彼の軍団は軍規厳正で,3年免糧などのスローガンを掲げ,また奴僕佃戸の反乱組織と結ぶなど注目すべき動きを示した。…

※「大西国」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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