大通融観(読み)だいつうゆうかん

世界大百科事典(旧版)内の大通融観の言及

【融通念仏宗】より

…融通念仏は集団による大念仏運動であり,宗派としての形態をもたずに,民間に普及した。宗派としての形を整えたのは江戸時代,大通融観(1649‐1716)によってである。大通融観は1688年(元禄1)に将軍徳川綱吉より宗門復興の台命を受け,それより大念仏寺の香衣勅許奏上権を確立し,檀林清規を制定,《融通円門章》を著して教義を大成するなど,元禄年間(1688‐1704)には一宗の体制を整えた。…

※「大通融観」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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