大黒の芝(読み)だいこくのしば

世界大百科事典(旧版)内の大黒の芝の言及

【大極殿】より

…後者は同じく9間×5間の基壇建物だが,規模は前者より小さい。後者の土壇もそのほとんどが残っており,所在地の小字名〈大黒の芝〉は明治時代に関野貞(1867‐1935)が平城宮の復元を試みたときの手がかりとなった。後者の大極殿は恭仁京からの還都後の造営ではないかと推定されている。…

※「大黒の芝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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