《天主聖教実録》(読み)てんしゅせいきょうじつろく

世界大百科事典(旧版)内の《天主聖教実録》の言及

【ルッジェーリ】より

…やがて引返したが,翌83年あらためてマテオ・リッチ(利瑪竇(りまとう))とともに肇慶に赴き,布教につとめた。その著《天主聖教実録》(1584)は近世における最初の漢文による教義書である。88年,45歳に達し中国語修得の能力にも限界がみえてきたので,会の方針によりローマ教皇に宣教師の派遣を訴えるために帰欧したが,法王が相ついで死去交代したため目的を達することができず,故郷のサレルノに引退してそこで没した。…

※「《天主聖教実録》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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