天保の三大家(読み)てんぽうのさんたいか

世界大百科事典(旧版)内の天保の三大家の言及

【蒼虬】より

…師の没後遺志に従い,芭蕉堂2世を継ぐ。のち南無庵と称し,梅室とともに京俳壇を二分する地位につき,鳳朗を加えて天保の三大家と言われた。1830年(天保1)に芭蕉堂を千崖に譲り,のち八坂に対塔庵を結んで俳壇を退いた。…

※「天保の三大家」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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