百科事典マイペディア 「天保国絵図」の意味・わかりやすい解説
天保国絵図【てんぽうくにえず】
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…元禄図はしたがって,完成された江戸幕府国絵図と言えるだろう。以上の各国絵図は,幕府が諸大名らに命じて作成・提出させたのであるが,1835年(天保6)の天保国絵図は事情が異なる。すなわち幕府は,元禄図を淡彩で薄紙に写したものを短冊型に裁断して諸大名らに渡し,変化した個所に懸紙(かけがみ)をして修正させただけで提出させた。…
…忠敬の使用した主要な測量器具は折衷尺,間縄,方位盤,象限儀,羅鍼(らしん),量程車等であるが,測量結果の正確さは当時日本のみならずシーボルトら外国人にも高く評価された。幕府は1831年(天保2)全国の大名に国郡の境界,市邑,面積等を調査させ,自領の国図を作らせているが,これは38年に《天保国絵図》として完成した。〈伊能図〉は内陸各地の状況は必ずしも詳しくなかったので,この絵図はその地方版としての役割と考えられた。…
※「天保国絵図」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...
7/28 化学辞典 第2版(森北出版)を更新
6/26 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
4/17 デジタル大辞泉プラスを更新
4/17 デジタル大辞泉を更新
2/17 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新