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国絵図 くにえず

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

国絵図
くにえず

徳川幕府が徴税その他の治政上の必要から各大名に命じて作成させた国単位の行政用地図。徳川幕府は,慶長 10 (1605) 年,正保1 (44) 年,元禄 10 (97) 年,天保6 (1835) 年の4次にわたって国絵図の作成事業を行なった。それらのなかで原図がそろっているのは「天保国絵図」のみで,これは縮尺2万 1600分の1で,一筆絵図,村絵図,郷図,国絵図と段階的に逐次集成編集したもので,国郡の境界,郡名,村落名と位置,主要河川,主要道が示されている。総図数 197葉,大幅 68帳で郷帳を付していた。国絵図は奈良,平安時代にも作成されており,そののち豊臣秀吉が各地の検地を行い,最も大規模だった文禄検地の結果から「文禄国絵図」 (1595) をまとめて国絵図の制を再興,徳川国絵図の先駆をなした。

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百科事典マイペディアの解説

国絵図【くにえず】

豊臣政権および江戸幕府の命で,諸大名らにより作成・提出された一国ごとの絵図。1591年豊臣秀吉が全国の国絵図と御前帳(ごぜんちょう)(検地帳)の作成・提出を命じたのが最初で,これにならって1604年(慶長9年)には徳川家康が国絵図〈慶長国絵図〉・御前帳(検地帳)の作成・提出を命じている。
→関連項目五畿内志正保日本図幕藩体制村絵図村明細帳

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世界大百科事典 第2版の解説

くにえず【国絵図】

近世の豊臣政権,江戸幕府が諸大名らに命じて作成・提出させた一国単位の絵図。1591年(天正19)豊臣秀吉が禁裏に献納するという名目で,日本全国の国絵図と御前帳(検地帳)を諸大名らに命じて作成・提出させたことに始まる。それは日本全土を国郡制枠組みによって掌握する手段であり,同時にきたるべき〈唐(から)入り(朝鮮侵略)〉に向けての国内総動員体制づくりの一環であった。〈諸国御前帳 駒井被請取候覚〉(《視聴草》第57冊)などによって,国絵図が実際に徴収されたことは確実だが,現在までのところこの天正の国絵図は発見されていない。

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大辞林 第三版の解説

くにえず【国絵図】

江戸幕府が全国地図作成のため、各大名に製作させた国別・領分別の絵地図。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

国絵図
くにえず

江戸幕府が諸大名に命じて調進させた国ごとの地図。初め1644年(正保1)にこの地図作製の法令が出され、その後、村落や石高(こくだか)の異動を修正するため1696年(元禄9)と1835年(天保6)の2回改訂命令が出て、江戸時代を通じて合計3回つくられた。その年代を冠して、それぞれ正保(しょうほう)、元禄(げんろく)、天保(てんぽう)国絵図とよんでいる。いずれも数年間を費やして全国80余枚の地図が完成した。良質の料紙を用い、2万1600分の1の縮尺により、狩野(かのう)派の御用絵師が極彩色で細密に描いたので、わが国の古地図のうちでもっとも壮大、豪華、美麗な地図ができた。そのほか国絵図の特徴は、内容が正確で信頼性が高いことと、村名や石高を明示した財政地図の性質をもつ点にある。その村名や石高は、姉妹編としてほぼ同時に編集された国ごとの『郷帳(ごうちょう)』と一致する。なお、山、川、道路、一里塚は描かれているが、郡、村の境界や所領関係の記載はない。幕府に献上された国絵図は維新後、明治初期の日本地図作製の参考資料として利用された。「天保国絵図」全部と「元禄国絵図」の一部は国立公文書館に保存されており、その転写、縮写図や、諸藩が調進のためにつくった関連地図類は各地の図書館にも所蔵されている。[福井 保]
『福井保著『内閣文庫所蔵の国絵図について』(『内閣文庫書誌の研究』所収・1980・青裳堂書店)』

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世界大百科事典内の国絵図の言及

【国】より

…こうして,関白政権という政治体制を選びとった豊臣秀吉にとっては,古代以来の国郡制は不可欠の地方行政単位であった。1591年(天正19)には禁裏に納めるという名目で日本全国の御前帳(検地帳)と国絵図を徴収し,国郡制を地方支配の単位とする国家支配を確立させた。江戸幕府もまた国郡制を継承した。…

【郷帳】より

…江戸幕府が国絵図とともに作成・提出させた帳簿。郡ごとに村名とその石高を書き上げ,一国単位でまとめたものである。…

【境】より

… こうした中世における境の性格・特徴は,近世にも大なり小なり引き継がれていったと思われるが,近世の境を特徴づけるのは,なんといっても国郡制的な行政区分であろうと思われる。豊臣秀吉が叡覧にそなえるという名目で作成・提出を命じた日本全国の御前帳国絵図などによって,国土の全体が把握され,国郡制的な行政単位によって国内の境が整理されるに至った。江戸幕府もまたそれを継承し,おもなものだけでも慶長・正保・元禄・天保の各時期に国絵図と郷帳を徴収した。…

※「国絵図」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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