天王寺合戦(読み)てんのうじがっせん

世界大百科事典(旧版)内の天王寺合戦の言及

【天王寺】より

四天王寺の所在地であるため,古来天王寺という。古くから竹内街道,西高野街道,熊野街道などの通過する交通の要地で,南北朝時代には1332年(元弘2)の天王寺合戦以来たびたび南北両軍の争奪のまととなった。石山合戦(1570‐80)のときには,織田信長軍の砦が築かれ,石山本願寺攻略の一拠点となった。…

※「天王寺合戦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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