《天盛旧改新定禁令》(読み)てんせいきゅうかいしんていきんれい

世界大百科事典(旧版)内の《天盛旧改新定禁令》の言及

【西夏】より

…このように仁宗のとき,儒仏二教は栄え,当代の傾向は開化主義ともいうべき様相を呈し,漢文化に涵養された人々が国家の中枢に多くいた。このころ,1149年(天盛1)前後に西夏国最初の法典,《天盛旧改新定禁令》が編纂されたのは決して偶然のできごとではなかった。法典の全容はまだ公開されないが,一部明らかになったところよりして,中国法典の影響の下に成立したものらしく,宋との直接交渉を絶たれ,金国文化をもっぱら吸収した当時のこととて,金の中国風法典の影響があげられよう。…

※「《天盛旧改新定禁令》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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