《太平遺響》(読み)たいへいいきょう

世界大百科事典(旧版)内の《太平遺響》の言及

【銅脈】より

…2年前に江戸で大田南畝が《寝惚(ねぼけ)先生文集》を刊行しており,狂詩を滑稽文学の一分野として確立する名作が東西呼応して出現したことから,一躍有名になった。以後,《勢多唐巴詩(せたのからはし)》(1771),《太平遺響》(1778)など狂詩集の発表を続ける。作風は,狭斜の巷の哀歓の描写の中に,鋭い風刺や知識人らしい自嘲をにじませたもので,狂詩史上の第一人者と称される。…

※「《太平遺響》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む