太極宮(読み)たいきょくきゅう

世界大百科事典(旧版)内の太極宮の言及

【宮廷】より

…秦の始皇帝は阿房宮をはじめとする700余の宮殿を建てたというし,漢代の未央(びおう)宮や甘泉宮なども大規模なものであった。隋・唐時代の長安もこれらと同じであって,たとえば唐の長安城の北端中央におかれた宮城たる太極宮には,儀式場たる太極殿や両儀殿のほか,門下省と中書省の建物があり,太極宮の西に掖庭宮,東に東宮が位置していた。これら三宮の南に皇城とよばれる官庁街が林立していたのであって,太極宮が内朝に,皇城が外朝に当たるわけである。…

【長安】より

… 隋・唐長安城の設計で一つの大きな特色は,それまでの都城と相違して宮城,皇城が中央北辺に位置している点にある。宮城は太極宮,東宮,掖庭(えきてい)宮の総称で,その大きさは東西が2820.3m,南北が1492.1mとなっている。太極宮は宮中の正殿で皇帝の居住する宮,東宮は皇太子の居住する宮,掖庭宮は皇妃,宮女などの居住する宮である。…

※「太極宮」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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