国指定史跡ガイド 「太田方八丁遺跡」の解説
おおたほうはっちょういせき【太田方八丁遺跡】
⇒志波城跡(しわじょうあと)
…志波城は,胆沢城と同じく蝦夷経営の功のあった坂上田村麻呂が造志波城使となり803年(延暦22)に造られた。現在その遺跡は,旧岩手郡内の盛岡市の太田方八丁遺跡とすることに大きな異説はない。それ以前は盛岡以南の紫波郡内に求められ,また志波城の後身である徳丹城より北に位置するとは考えられないなど,擬定地は定まっていなかった。…
※「太田方八丁遺跡」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...