夾紵像(読み)きょうちょぞう

世界大百科事典(旧版)内の夾紵像の言及

【乾漆】より


[中国,朝鮮]
 夾紵技法はおそらく中国で始まり,すでに漢代には山西省陽高県出土の前漢の夾紵棺,楽浪出土の後漢建武21年(45)の夾紵耳杯などさまざまな容器や飲食器の遺例がある。夾紵像の文献上の初見は東晋395年以前に,招隠寺に夾紵行像五軀が作られたという(《法苑珠林》ほか)。その後造像を伝える文献は多く,唐代628年には終南山竜田寺に高祖の等身夾紵像六軀が作られたという(《法苑珠林》)。…

※「夾紵像」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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