世界大百科事典(旧版)内の奈半利城の言及
【奈半利[町]】より
…古くから沿海航路の要港で,中世の史料にも上方へ木材などを運ぶ廻船の港であったことがみえる。長宗我部氏の部将桑名丹後守の奈半利城もあった。近世以後も安芸郡東部や阿波に通じる要衝として,また奈半利川上流一帯魚梁瀬(やなせ)地区の良材の積出港として栄えた。…
※「奈半利城」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
…古くから沿海航路の要港で,中世の史料にも上方へ木材などを運ぶ廻船の港であったことがみえる。長宗我部氏の部将桑名丹後守の奈半利城もあった。近世以後も安芸郡東部や阿波に通じる要衝として,また奈半利川上流一帯魚梁瀬(やなせ)地区の良材の積出港として栄えた。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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